さくらのソーシャルワーク日記

社会福祉士さくらが思ったこと感じたこと

申請主義が行政の財政負担を軽減しているというのは本当か? その5

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本稿は、申請主義が行政の財政負担を軽減しているというのは本当か?ということについて検討しているものです。


第1回では、申請主義の権利性を確固とするため、私たち福祉関係者が取り組む必要のある、解決すべき課題を3点挙げさせていただきました。


すなわち、

  1. 行政からの情報提供の不十分性
  2. 未申請(申請しない・できない)による漏救の放置
  3. 申請前に申請を諦めることによる権利性の収奪

の3点です。


本稿では、3点目の「申請前に申請を諦めることによる権利性の収奪」について、前回から引き続きご説明していきます。


以下、本稿の構成です。

申請前に申請を諦めることによる権利性の収奪


今回の概要


前回の最後に、行政の情報周知のあり方として、

  • 広く一般的に周知を行う方法
  • 相談に来た人に個別に周知を行う方法(個別周知)

の2つの方法があることをご説明しました。

この2つに分けるという考え方については、長尾(2012)が次のように指摘しています。すなわち、

「一般公衆を対象とした一般的広報活動と,

窓口などにおける個々の申請 (希望) 者に対する助言・教示等とを,

いちおう区別して考える思考方式が有益になると思われる」

との指摘です。

(改行は私が挿入しました。)


長尾の言う

  • 「一般的広報活動」と
  • 「窓口などにおける個々の・・・助言・教示等」

に区別して考えることは、裁判例に照らして考える上で、大変有益な区分と思います。


以下では、この整理を踏まえて検討していきたいと思います。


判例から問題点を考える


まず、問題の所在を確認しておきたいと思います。

すなわち、なぜ行政の情報周知が問題になるのかという点です。


端的な問題意識は、

  • 申請に必要な情報提供を行政に義務付けることは、
  • 申請の機会を逃さないということだけでなく、
  • 申請することで不服申し立ての機会を得るという点で、
  • 権利性を担保する上で重要

だということです。


先ほど、情報提供の二段階説についてご説明しました。

過去の判例を見ていくと、裁判所もこの二段階について念頭に置いて、行政の情報提供の義務性について検討していることが分かります。


早速見ていきましょう。

 

一般的な周知義務〜永田事件の概要〜


まず、一般的な周知義務について考えたいと思います。


判例は、行政の広報義務が争点になったことで大変有名な「永田事件」を挙げます。

これは、児童扶養手当に支給について争われたものです。


事件の概要は、

  • 父親に重度の聴覚障害がある家庭には児童扶養手当の受給資格があるが、
  • 行政が広報義務を怠ったために制度を知らず申請が遅れ、
  • 児童扶養手当の支給要件に該当していたにも関わらず、
  • それを知るまでの1年5ヶ月分の給付が受けられなかったとして、
  • 夫婦が国と京都府に対して未払分の支払いなどを求めたもの

です。


 一般的な周知義務に関する裁判所の判断


結論において、裁判所は、行政の一般的な周知義務について認めませんでした。

次に、その経緯を見てみたいと思います。


まず、一審(京都地裁)では行政の広報義務を認め、国に対し未払分の一部の支払いを命じました。

しかしながら、控訴審(大阪高裁)では、この一審判決を取り消し、夫婦側の請求を全面的に退けました。


裁判所は、一般的な周知義務について、

「法律がこれを法的義務 として規定しているかどうかによって決まるものと解するよりほかはない」

と判示しています。


つまり、法律がない以上、法的義務はないと判断したわけです。


その理由としては、

「その内容や範囲が必ずしも明確とはいえない広報や周知徹底を

公的強制力をもって強要するような法的義務を

無理なく導き出すことは困難であるから」

と判示しています。

(改行は私が挿入しました。)


一般的周知義務を課すことの妥当性


この裁判所の判断について、長尾は「不満である」としつつ、「個別周知」との対比の中で、次のように述べています。

「広報・周知の実施については, ある程度広い行政裁量を認めざるをえない」


しかしながら、私としては、個別周知よりも、むしろ一般的な周知の方を義務付けすべきと考えています。

 

理由を端的に述べれば、

  • 一般的な周知の方が行政のアウトプットに基づいた外形的判断に馴染むから、

です。

この点については、この後ご説明する、「個別的周知」を義務付けるべきかという点とを比較しながら、改めて述べたいと思います。


以下、次回に送ります。

 

次回記事

申請主義が行政の財政負担を軽減しているというのは本当か? その6 - さくらのソーシャルワーク日記

 

(参考文献)


長尾英彦「行政による情報提供 : 社会保障行政分野を中心に」(2012)


高藤昭「社会保障給付の非遡及主義立法と広報義務 永井訴訟京都地裁判決(本誌751号238頁)の検討をとおして」判例タイムズ766号39頁以下(1991)


赤石壽美「生存権保障下における「漏救」の法的系譜」(2003)