申請主義が行政の財政負担を軽減しているというのは本当か? その2
申請主義とは 〜正しい定義こそが本質的な課題解決のためのスタートラインだ〜 - さくらのソーシャルワーク日記
本稿は、申請主義が行政の財政負担を軽減しているというのは本当か?ということについて検討しているものです。
前回は、申請主義の権利性を確固とするため、我々福祉関係者が取り組むべき、解決すべき課題を3点を挙げさせていただきました。
すなわち、
- 行政からの情報提供の不十分性
- 未申請(申請しない・できない)による漏救の放置
- 申請前に申請を諦めることによる権利性の収奪
本稿では、2点目の「未申請(申請しない・できない)による漏救の放置」からご説明していきます。
以下、本稿の構成です。
未申請(申請しない・できない)による漏救の放置
申請主義は「申請の放棄を是認する制度」
申請主義の導入は、権利性を認める一方で、次のような課題があります。すなわち、
- 申請する意思があるにもかかわらず、
- 申請しない、あるいは、できないことによって、
- その権利性を放棄したものとみなされてしまう
ということです。
問題なのは、放棄したことによって救済される可能性がなくなってしまうことです。
生活保護の事例で考えてみます。
すなわち、
- たとえ本人が要保護の要件を満たしていたとしても、
- ひとたび本人が権利性を放棄したとされれば、
- 国が急迫した状況になるまでは、職権で保護してくれる可能性はない
ということを意味します。
以上から言えることは、申請主義とは、「申請の放棄を是認する制度」ということです。
どの程度の権利性の放棄が生じているかは推測するしかない
前回述べたとおり、生活保護制度にかかる過去の経緯からすれば、行政が経費削減という意図を実現するために、積極的に申請を放棄させているのではないかという懸念が生じます。
申請主義によって、半ばやむなく生じた権利性の放棄を是認し、結果、漏救が放置されるということになれば、このような懸念が生じても、なんら不思議ではありません。
では、どのくらい、権利の放棄(申請しない・できない)ということが生じているのでしょうか。
この点について、明確なデータはないはずです。
そもそも、社会保障制度において、一定の要件を満たした国民が何人いるのか、それの数を推定することができても、個人まで特定することは困難だからです。
この点、自治体レベルでは、税情報やマイナンバー制度、住民基本台帳などを活用すればある程度特定可能かもしれません。
候補者レベルでピックアップするためには、複数の要件が複雑に合致している必要があります。
具体的に言えば、世帯や親子関係、夫婦関係、要扶養関係、さらには障害の程度、要介護度、子育てに関する情報、就労の状況など、さまざまな情報が必要になります。
したがいまして、行政が最終的に行う審査レベルで対象者を特定することは、こうした条件が網羅的に集約されることが条件になるということになります。
したがって、現状の仕組みの中では、困難だと言わざるをえません。
マンナンバー制度により対象者を特定できるのか
では、マイナンバー制度の活用により、個人情報を網羅的に集約することで、対象者を個別に特定することはできるのでしょうか。
私は、今後、マイナンバー制度がいかに普及・定着しても、困難だと考えています。
なぜなら、あらゆる情報の集約化は、国民のプライバシー権を損なう可能性があるからです。
すなわち、情報セキュリティを大前提に、国民のプライバシー権を保障する一方で、社会保障の実現のために、情報を集約させてプライバシー権を骨抜きにしてしまう危険性があるということです。
しかしながら、社会保障制度の要件に該当する人のデータを、プライバシー権との兼ね合いの中で、いかに集約していくかということは、今後、重要な論点になることは間違いないでしょう。
少なくとも、現在利用可能な情報から、可能な範囲で特定するということは、行政に限らず、我々福祉関係者にとっても極めて重要な論点です。
ただし、この議論は、今回挙げさせていただいている申請主義の課題とは別の議論と考えており、別な機会に論じたいと思います。
情報集約化の意義
情報集約化の意義について、一点だけ指摘するならば、情報集約化による候補者の特定は、2つの意味を持つと考えます。
1つ目は、
- DX自体においては、利用者の利便性の向上につながるものとして、行政手続きのオンライン化の議論の潮流で検討されるべきものであろう
ということ。
ここには、今時の利便性という観点であり、行政サービスの向上という趣が大きいと考えています。
むしろ、我々福祉関係者にとって重要なことは、2つ目の意味です。
すなわち、
- すでに問題化してしまっている状況を、情報を集約化することで、早期に発見し、支援に繋げていくいく
という意味です。
早期発見のために情報のデジタル化などが活用されるべき
この早期発見のために、情報のデジタル化、検索、AIなどの技術を活用することは、現代において当然の流れであると思います。
これにより、今までであれば発見できなかったケースの早期発見につながる可能性が出てくると考えます。
利便性の向上とプライバシー権の保障を切り分けて考えるべき
ただ、繰り返しになりますが、プライバシー権との関係は、我々福祉関係者にとっても、極めて重い問題です。
これが骨抜きにされてしまっては元も子もないからです。
したがって、重要なことは、プライバシー権を守りつつ、福祉関係者などの専門家が倫理性を維持しつつ、一定の権限の下に連携して情報にアクセス可能な仕組みを作ることだと考えます。
こと虐待の現場対応では、何よりも人命が最優先されます。
早期の発見、早期の支援は我々福祉関係者の至上命題です。
ただし、このことと矛盾するようですが、個人の尊厳、自己決定、プライバシー権の保護は、我々福祉関係者が守るべき絶対的価値観であることは忘れてはいけません。
この問題については、建設的に、前向きに、かつ迅速に取り組むべきです。
しかしながら、前述した1つ目の意味、すなわち行政のDX、利便性の向上の議論とは確実に分けて議論すべき、ということだけは指摘しておきたいと思います。
特別定額給付金における未申請者
さて、ここまでで、社会保障制度における対象者を、完全に特定することは困難だということを述べました。
本稿の最初の方で、権利性の放棄が是認されている事例がどれほどあるのか明確なデータは無い、と述べた理由です。
しかしながら、特例定額給付金のように、所得や特別な要件のない給付金に限って言えば、住民登録上の候補者であれば特定は可能です。
特別定額給付金では、最終的に令和3年3月末時点で、給付世帯割合は99.4%と報じられており、未申請の世帯は34万世帯にのぼります。
額で言えば、給付事業費 12兆7,344億14百万円のうち、12兆6,700億を給付しています。
すなわち、給付率は99.7%ですが、額にすると644億円が未支給になっているということになります。
未申請の理由は様々でしょう。
- 1人10万円程度の端金はいらない、
- お金に困っていない、
- 人からの助けは受けたくない、
など確固たる信念に基づき、受け取りを「辞退」している人・世帯もいるかもしれません。
しかし、世帯数、額ともに、相当な数に上っています。
したがって、その中には、ここで問題にしている未申請者、すなわち、
という未申請者がいるのではないかと推測されます。
仮に、これらの未申請者が全体の1%いたと仮定すると、3,400世帯、額にして約6億が、本人の意思によらず「未申請」となっているということになるわけです。
未申請者は救済されず放置されてしまう
全国で一律実施されたものからすれば、この程度は誤差の範囲という人もいるかもしれません。
しかし、このことからは、次の2つの問題が指摘できます。すなわち、
- 未申請者は特別な立法措置がなければ救済されることはなく、理由のいかんによらず、放置されてしまう。
- 世帯(個人)を特定して、申請勧奨、すなわち申請書の個別通知を行なったにもにもかかわらず、相当程度の未申請者がいる。
ということです。
特に2)の点については深刻です。
すなわち、多くの制度では、
ということが多いでしょう。
すなわち、多くの制度で、特別定額給付金以上に未申請者がいる可能性は否めないということです。
このことから分かるように、問題は、一定数の未申請者がいても、その実態が把握できないことです。
これは、申請主義に限ったことではなく、措置であっても対象を特定しきれないという問題は生じます。
しかし、申請主義の場合、未申請が放置されることに問題があると考えています。
すなわち、本人が申請意志があったとしても、そもそも制度を知らずに申請していなかったとしても、いずれにせよ権利を放棄したものと見做されてしまうのです。
これが、申請主義に対して批判が集まることの一因であろうと思います。
医療費助成制度における未申請者
もう一つ事例を挙げて検討したいと思います。
医療費の助成の例です。
医療費の助成とは、一般的に、
- 医療保険制度における自己負担(例えば医療費の3割など)の全額、
- あるいは自己負担から一定額(助成制度における自己負担部分)を控除した額
を公費で助成するものです。
この助成方法には、
- 医療機関の窓口で一旦医療保険制度における自己負担分を支払った上で(立替払いした上で)、後日、市役所などの窓口で申請することによって還付が受けられる「償還払い」方式と、
- 医療機関での窓口での立替払い(あるいは助成制度における自己負担部分のみを支払う)「現物給付」方式
があります。
この点、医療費の助成を現物給付で受ける場合と償還払いで受ける場合との差異を比較することで、申請主義による未申請による漏救について明確になると考えます。
医療費助成制度にはさまざまなものがあります。
具体的には、子ども医療のほか、特定疾患(難病)患者の助成金、障害者のための更生医療、精神疾患患者の通院医療費の助成など、年齢や疾患、障害などの区分に応じて、さまざまな制度があります。
また、実施主体も、国の制度であったり、県や市が上乗せ、あるいは独自に助成しているものなど、さまざまです。
問題になるのは償還払いのケース
前述したとおり、助成方法には、現物給付、あるいは償還払いの、大きく2通りの方法があります。
問題になるのは、償還払いの場合です。
償還払いの場合、申請主義がために、利用者がもらい損ねるという事態が生じうるからです。
具体的には、大きく、以下の4通りの問題があります。
- そもそも還付を受けられることを知らない(知らされなかった)場合
- 知っていても、期限(助成申請の期間が2年などと定められているため)までに、申請をし忘れてしまった場合
- あるいは、申請が面倒と感じ放置してしまう場合
- 申請に行ったものの、必要な書類(保険証や口座番号の分かる書類など)が整っていないということで申請が受理されない場合
1)から4)の全てについて言えることば、本人が積極的に権利を放棄したわけではないことです。
これらの事例をもって、権利の放棄と見るべきかについては異論を挟む余地は無いだろうと思います。
なぜならば、現物給付であれば、払う必要のなかったお金が、申請が必要なために、もらえなかったということだからです。
時効や不遡及による問題の複雑化
以上、申請主義の課題として挙げさせていただいた2点目、未申請が放置されるということについての問題について説明してきました。
この問題は、申請に時効がある(事実発生から2年以内など)、あるいは申請前の未申請部分について遡及(遡って給付対象とすること)を認めないとしている制度の場合、さらに問題が深刻になります。
この点については、1点目の課題で指摘した点、すなわち、行政に情報周知を義務付けることと同様ですが、3点目の課題である「申請前に申請を諦めることによる権利性の収奪」において、改めて検討したいと思います。
以降は、次回に回します。
申請主義とは 〜正しい定義こそが本質的な課題解決のためのスタートラインだ〜 - さくらのソーシャルワーク日記
(参考文献)
高藤昭「社会保障給付の非遡及主義立法と広報義務 永井訴訟京都地裁判決(本誌751号238頁)の検討をとおして」判例タイムズ766号39頁以下(1991)
赤石壽美「生存権保障下における「漏救」の法的系譜」(2003)
時事通信「10万円給付率、99.4% 34万世帯が未申請―総務省最終まとめ」
https://www.jiji.com/sp/article?k=2021043001056&g=eco
(2021.10.01)
https://www.soumu.go.jp/main_content/000715720.pdf
(2021.10.01)