申請主義が行政の財政負担を軽減しているというのは本当か? その7
本稿は、申請主義が行政の財政負担を軽減しているというのは本当か?ということについて検討しているものです。
第1回では、申請主義の権利性を確固とするため、私たち福祉関係者が取り組む必要のある、解決すべき課題を3点を挙げさせていただきました。
すなわち、
- 行政からの情報提供の不十分性
- 未申請(申請しない・できない)による漏救の放置
- 申請前に申請を諦めることによる権利性の収奪
の3点です。
本稿では、3点目の「申請前に申請を諦めることによる権利性の収奪」について、前回から引き続きご説明していきます。
前回記事
以下、本稿の構成です。
申請前に申請を諦めることによる権利性の収奪
山下による3類型による整理
前回は、長尾(2012)が「広報・周知の実施については, ある程度広い行政裁量を認めざるをえない」と述べていることに対し、私としては、むしろ一般的な周知の方を義務付けすべきと考えていることを述べました。
今回は、この一般的な周知義務について、もう一つ、裁判例を挙げて検討してみたいと思います。
山下(2015)は、「社会保障法領域における「情報」に関する法的義務」に関し、次の「3類型の区分け」を提示しています。すなわち、
(a)市民による申請行為以前の段階
(b)申請の段階
(c)特定の給付に関する受給権が生じた後の段階
の3類型です。
条理に基づく申請行為以前の段階での法的義務
このうち(a)類型において、「条理を根拠と して、情報提供等にかかる法的義務を導き出す裁判例が登場した」として、次の事例に関する裁判例を紹介しています。すなわち、
「重病児の親の窓口相談に対する市の窓口担当者の対応が違法な行政指導であるとして市の国家賠償責任が認められた事例」
です。
この事例の概要は次のとおりです。
- 子が脳腫瘍(小児癌)に罹患し、長期療養しなければならなくなった。
- このため、親は市の社会福祉課で、自身は仕事をすることができないので、何か援助してもらえる制度はないかと尋ねた。
- 特別児童扶養手当の受給要件を満たしていたにもかかわらず、窓口で対応した市の職員は「ないです。」 と即答した。
- そのため、親は そのような援助制度はないものとあきらめて帰宅した。
というものです。
この事例において、裁判所は、
- 一般的な周知義務については、法律の根拠がない以上、行政の裁量に委ねられている。
- したがって、制度の周知徹底が不十分だったとしても、法的義務に違反したものとして国家賠償法上違法となるものではない。
- 一方で、窓口においては、「条理」に基づき、相談内容に関連する制度の適切な教示や、不明な点についての更なる事情聴取を行い制度の特定に努める法的義務を負っている。
と判示しています。
したがって、
- この法的義務に違反した場合は、国家賠償法上も違反である。
との判断を示しました。
ポイントは、
- 法律上の根拠がなくても、「条理」に基づいて、制度の周知に関する法的義務を認めたこと。
- この法的義務違反が認められる場合は、国家賠償法上の違反となり、賠償責任を負う。
という点です。
この裁判所の判断に対して、山下は次のように述べています。すなわち、
本判決が、明文規定(の解釈)によらずに情報提供等の法的義務を認めた点において、永井訴訟控訴審以来の議論状況を一歩先に進めたことについては異論がなかろう
一般的な周知義務を認めることの意義
この指摘について、私も基本的には同意するものの、次の点で、詳細な検討が必要と考えています。すなわち、
- 山下が、申請前行為として整理している類型は、実は、
- 1)広報等による一般的な周知段階と
- 2)窓口における周知段階(制度を特定する前の段階)の2段階に分けて整理すべき。
- このうち、裁判所が行政の裁量に委ねられていると判断した1)の段階こそ法的義務を認めるべき。
と考えているからです。
この点についての説明は、次に送ります。
次回記事
申請主義が行政の財政負担を軽減しているというのは本当か? その8 - さくらのソーシャルワーク日記
(参考文献)
山下慎一「社会保障法における情報提供義務 に関する一考察」(2015)
長尾英彦「行政による情報提供 : 社会保障行政分野を中心に」(2012)
高藤昭「社会保障給付の非遡及主義立法と広報義務 永井訴訟京都地裁判決(本誌751号238頁)の検討をとおして」判例タイムズ766号39頁以下(1991)
赤石壽美「生存権保障下における「漏救」の法的系譜」(2003)